その４．３５年目の邂逅

このサイトを開設するまでは、こういう日が訪れるとは夢にも思っていなかった。

いまから思えば、すべてが必然のような気もする。
「若柴の散歩道」を見つけたことも、このサイトを開くことも、
これらは２００４年１１月１４日（日）のわたしの初体験へと導くものだったのかも知れない。

最初にＵＰしたコンテンツ「じぶん探訪その１」で、わたしは「武蔵野」への憧憬から「若柴の散歩道」を見つけ、
そこを夏休みに訪ねたことを記した。その憧憬の背景には、ある物語があった。
大岡昇平の「武蔵野夫人」である。

土地の人はなぜそこが「はけ」と呼ばれるかを知らない。
この有名な書き出しではじまる小説の主人公は、武蔵野の高台に住む道子とその従弟で復員してきたばかりの勉という若者である。
ちょうどわたしの誕生年である１９５０年の作品で、復員などという言葉もまだセピア色にならない時代の物語。
この２人に、勉の同居を拒むエゴイスティックで嫉妬深い道子の夫、秋山と、
道子のしたたかな別の従兄夫婦を加えた５人の人間模様を描いたものである。
道子と勉が武蔵野の小道を散策するうちにお互いを意識しあうようになるのだが、この小説のくだりはここでは触れまい。
ただ、わたしには、当時のわたしと年齢的に近接した勉への共感やヒロインである道子への憧れというものはまるでなく、
ただただ武蔵野への思いが、小説の舞台を探索してみようという気を起こさせたのである。

久し振りに読んでみますか？→

学生時代。というより、受験に失敗して浪人生として初めて東京に住むことになったいまから３５年も前の頃。
なんとなくやるせない思いをいだきながら、初夏のある日、
わたしは、小説の舞台である「ハケ」（国分寺崖線）の湧き水を探し当てようとふらふらと国分寺近辺をさまよい歩いた。
そして、東京都下の小さな地図をたよりにようやくたどりついたのが「日立中央研究所」の高い壁であった。

国分寺崖線（こくぶんじがいせん）とは、立川から世田谷の等々力渓谷まで約２５km.続く河岸段丘のことをいう。
多摩川が武蔵野台地を削り続けてきたものだ。
この通称「ハケ」と呼ばれる国分寺崖線からの湧き水は、
全長２０kmの「野川」の流れとなり、国分寺から世田谷区内を現在も横切っている。
そして、「日立中央研究所」の湧き水もその「野川」の源流のひとつとなっているのだ。

「日立中央研究所」の湧き水、それが「大池」と呼ばれる池そのものを指すのか、その近辺にある水源なのかは当時、分からなかった。
ただ地図上には池らしきものが載っていた。
なんとかしてその池をこの目で見てみたい、ハケの水源がそれなのかどうか確かめてみたいと思ったのであるが、
それを取り囲むように行く手を阻んでいたのが研究所の高い壁だったのである。

３５年経ったいま、その研究所が年に２度、その門戸を開放していることを知った。
１１月１４日（２００４）がその庭園開放の日だった。

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最新庭園開放情報

• 春の開放日＝２０１１/０４/０３（日）
• 秋の開放日＝２０１１/１１/２０（日）
• 入場時間＝１０：００〜１４：３０
• お問い合わせ先＝（株）日立製作所中央研究所　総務部総務ユニット 042-323-1111（内線：2427）

２０１１/０３/０１現在のお知らせです。なお、本コンテンツは０４秋の開放時のものです。０５秋以降は訪問していません。

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余談だが・・・。当日の朝。

その日の天候は、気圧配置の割にはすっきりとしないものだった。
前夜も宵っ張りのわたしは夜更かしをして就寝したのは午前３時を過ぎていた。
７時頃、目を覚ましてカーテンの隙間から外を見ると時雨が降っていた。
だめかなあとため息をついて、もうひと寝入りして９時半に布団から出た。
十分な睡眠もとれずに日頃の疲れもあってか少し熱っぽかった。
また天候がいまひとつということもあって、もう少しでいつもの怠惰な気持ちが増長して研究所見学を断念してしまう寸前でもあった。

しかし、研究所に開催の確認の電話をしたとき、総務の人の「予定通り行いますよ」という明るい声を聞いて、心は決まった。

国分寺まではわたしの家からは少々道のりがある。
常磐線取手駅までは妻のクルマで送ってもらい、上野駅まで行き山手線で東京駅に行く。
手前に神田駅がありそこから中央線に乗り換えれは少し早く着くが、東京駅始発で座席を確保して国分寺まで行こうと思った。
でも上野に着くと同じホームの反対側に京浜東北線のほうが早く来て、
その電車でも東京駅に行くのでそれに乗ると、快速ということで御徒町や神田駅は素通りしてあっという間に東京駅に着いてしまった。
長年、東京生活をしているのにこの京浜東北線の快速には初めて乗った。

気をよくして中央線に乗ろうとしたときまた驚いた。
特別快速は三鷹から立川まで止まらないから、それに乗ると三鷹で乗り換えなければならない。
特快はやめて初めから快速で行こうかなどと思っていると、なんと現在の特快は国分寺も停車することをアナウンスで知った。
しかも特別快速という言葉はもうなく、いまは「中央特快」と呼ぶのだ。
いつからこうなったのだろうか、そんなに長い間中央線に乗ってなかったわけでもないのに。
そんなことを思っていると、まもなく折り返しで「中央特快」がホームに入ってきた。
おかげで、東京駅からなんとわずか３５分で国分寺駅に着いてしまった。
家を１０時過ぎに出て国分寺に着いたのは１２時過ぎだった。

日立中央研究所の庭園へ

昼食はあとから、ということにして、国分寺駅北口からまっすぐ研究所に向かった。
商店街を左（西方向）に行き、通りに出たら北へ。
同じ方向に歩いているカップルやもう見学済みなのか駅に向かう家族連れなど、それらしき様子の人びとと行き交う。
都合徒歩７分程度か、左手に正門らしき気配の建物が見えてきた。

３５年前、見学を申し入れて、断られたのはこの門だっただろうか？
つくりはほぼ同じような気がするが、場所は中央線の線路に面したところではなかっただろうか？

庭園の開放時間は、１０：００〜１４：３０。いま１２時半だから見学時間は十分ある、と思った。（後で、園内の想像以上の広さに驚いたのだが・・・）

さて、正門から入って下のMapの矢印順に紹介していこう。これが当日、わたしがたどった道順とほぼ同じである。

日立中央研究所 庭園Map

正門を入ったところ。
写真の右手に受付があり、訪問の記帳をする。
住所・氏名・・・とあるが、国分寺市、山田太郎程度でいいみたいだ。
身分証明書を・・・などという文言があってあわててポケットを探ったが、提出する必要はなかった。
記帳すると、裏表に庭園内の地図などを記したA5サイズの簡単なパンフレットをくれた。

ちなみに、入場は無料である。

もらったパンフレットによると・・・。

研究所概要：設立は、１９４２（昭和１７）年４月。敷地は、２０７，０００�u。これは東京ドームの約５倍の面積になる。ここでは約１，０００人の研究員（？）が働いているということだ。

自然環境が素晴らしい。
樹木は、ケヤキ、サワラ、ミズキ、モミジ、カシ、マツ、ナラなど約１２０種、総計約２７，０００本。
野鳥は、約４０種類、ムクドリ、マガモ、コジュケイ、キジバト、ウグイスなど・・・。
南のほうに大池があるが、その面積は約１０，０００�u、周囲８００m、構内数ヵ所の湧き水を利用して昭和３３年に造られたもの。
多摩川に注ぐ「野川」の源流のひとつとなっている。

正門入口から正面に広い道がやや左にカーブするように続いているが、その両脇はケヤキなどの大木が鬱蒼と繁茂しており荘厳なたたずまいを見せている。

昨年の秋の庭園開放日には１，３００人、今年の春は２，０００人の訪問客があったということだが、今回は天候がいまひとつなので人出はそれより少なめかも知れない。

年齢層にはとくに偏りはないようだ。老若男女ほぼ均等、足場は悪くはないので車イスの人も結構、訪れているようだ。

しばらく進むと橋が見えてくる。行くときは先をあせっていたのでよく見なかったのだがこれには「返仁橋」という名前が刻まれていた。
そして、この橋の１０ｍほど下には大池からの水が流れていたのである。

上の写真、左は手前が正門側。右はその逆方向から撮ったもの。緑色の服を着た人が日立の係りの職員。

帰路で、この橋の下はなにがあるのだろう、と覗いて見ると・・・。

橋の北と南の両方から見下ろして撮った写真なのだが、はてさて、どっちが北で、どっちが南からだったかいまとなってはわからない。
これは、来年の春にでもまた訪れたときの宿題にしよう。
わたしは受付でもらった地図をよく確かめもせず歩いていたので、
この写真を撮ったときはこの小さな流れがどこから発しているものなのかわかっていなかった。

（宿題の回答1）

さて、橋を渡りさらにまっすぐ進むと前方にケヤキだろうか大木が行く手をさえぎるように立っていた。その背後には研究所の建物が見える。

こういう施設にはいっさい立入禁止である。
しかし、ほかに見るべき自然があふれているのにそんなところに入りたいと思うものはいないだろう。
いたとしたら産業スパイというヤツか？

建物に近づくと、そこには周囲に美しく落ち葉を敷き詰めて一基の噴水が設えてあった。

右手奥を振り返ってみても近くに池があるような気配がまったくしない。
けっこう広い庭園だなあ、と改めて思ったのもこのときである。

先を急ごう。

噴水のところから左手に進んでいくと前方、樹木の向こうに広場が見えてくる。
写真手前のテントを張ったところが今回の開放日の庭園内事務所本部ということだろう。
左のほうには特設の売店などが見える。
春先など暖かい日には、シートを敷いて昼寝というのもいいかも知れない。
今回は少々、肌寒いのでそうはいかない。
売店で何を売っていたか、わたしはほとんど見ていない。

さて、本部から売店前を抜けて左方向に進むと下り坂の道となる。

途中、緑地内に入りファインダーを覗くカメラマンも。被写体は、蔦か野鳥か？

今年は、紅葉は早いのか遅いのか。竹薮の中も道端も落ち葉がみっしり。
「紅葉は遅いのに落葉が早い」なんてことがあるの？わけの分からないことを考えてみる。

下方に見える亭（あずまや）の手前が「ます池」なのだろうか？

なんか池があるなあ、湧き水なのだろうか、ということで撮ってみた写真である。
あとで調べてみると「ます池」という池の場所に該当するようだが、ちょっと心もとない。

ちなみに「ます池」とは、昭和３０年代、大池と共に造られ、湧き水を溜めてニジマスを飼っていた時期もあったという。
釣堀として使っていたともいうが・・・。
どうもこのポイント６方面へは足を向けなかったような気もする。この写真はまた別の池なのかも知れない。
この確認も次回訪問時の宿題だ。

（宿題の回答2）

ついに、眼下に見えてきた。「大池」の東端である。

向こう岸を泳いでいるのはコガモか。手前は緋鯉か。

もっと、中央部へ。
足早に西の方角へ向かう。

これは写真を見ていただくしかないだろう。

北岸から。

南岸から。

今年は暖かすぎて、紅葉がいまひとつ、ということか。
来年の秋、もういちど来る楽しみが増える。そんな気持ちになれるのもうれしい。

おや、南のほうに人だかりが・・・。

群れは群れを呼ぶ。

当然、この手前には、白鳥のエサなのか、カモのそれなのか、それともコイのためなのか、何かを手にした子供たちの歓声がいっぱい。

それを撮るマイホーム・・・の笑顔もいっぱい。

そんな親子を煩わしそうにして、シャッターを切る一匹狼カメラマンもいっぱい。

わたしは・・・と、少しノドが渇いたなあ。

と、さらに南にも人だかり。なんだろう。湧き水か？

撮ろうかと迷ったのである。
でも、この日、もう１ヵ所、訪問先を控えていた上に、まだ水源の湧き水に行き当たっていないわたしは、デジカメのバッテリとメモリの減少が気になって、この珍しい「生きている化石」と称される植物を撮るのを割愛してしまったのである。
これも次回の宿題だ。
それに、さらに南に人が集まっているのに気をとられて・・・。

（宿題の回答3）

行き止まりの場所で、勢いよく水が流れ出している。
湧き水ではなく、外へ流れ出す水門のようだ。

写真の右手は壁。
そう。ここは研究所の南端。壁の向こうには中央線が走っているはずだ。

そして、この壁の向こうにわたしは３５年前に来たはずだ。
いま、越えられなかったその壁の内側から当時のわたしを想起してみる。

内側のわたしと外側のわたし。
変わったわたしと変わらないわたし。

あとで、この塀の外側を見てみよう。

金網の橋を渡った先には、壁に沿って昇り階段がある。
しかし、その手前には赤い縄が張ってあり立入禁止になっているのだ。

階段を昇った先に何があるのだろう。
昇って壁の上から向こう側を覗いてみたい誘惑にとらわれたが、引き返した。

臆したわけではない。

まだ水源を発見していないので、先を急ぎたかったのだ。
（次に来たときは、日立さんには内緒で・・・）

これは急いで撮った。

４月と１０〜１２月の年２回花を咲かせる桜。

冬咲きの花は小型で数も少ないという。

水戸の偕楽園にも春と秋の２回、花をつける桜があると聞いたが同じ種類なのだろうか。

四季桜とか不断桜、冬桜、寒桜などと呼ぶものも皆、同じ種類なのかよくわからない。

これもメタセコイヤと同様、写真を撮らなかった。というより、脇道で見逃してしまったのである。ギョイコウという妙な名前の桜の一種だが、黄緑色の花というのが珍しい。しかし、これは十月桜とちがって開花時期は４月だから、次の春に撮るのが妥当だろう。

（宿題の回答4）

いよいよクライマックスに近づいてきた。

このころにはようやく方向音痴のわたしも、ハケの湧き水がどのあたりにあるのか、地図でわかってきた。
と同時に、いままでたどって来た道筋が多少、見落としがあったとはいえ概ね理想的な順路に結果的になっていることを発見した。

この花壇のすぐ脇に「湧き水」があるらしい。

急ぐあまり、この花壇が上から見ると「日立」のマークに見えるように創られていることを見落としていた。
何か丸い妙な格好をしたオブジェだなあとは思ったのだが・・・。
昭和３５年に小平の園芸学校の生徒が作成したものだそうだ。

これが、水源の湧き水である。

構内で多いときにはは１日に約３万トンもの水が涌き出るという。
そんなに勢いよく湧き出しているようには見えなかったのだが・・・。

「ここからあの池の水、全部、湧き出したの？」
そんな質問を連れの男性にしている女性の声も聞こえた。

武蔵野夫人の主人公は道子と勉なのだが、実は、「武蔵野」そのものが主人公なのではないか。
日立中央研究所が囲わない前の「この武蔵野」の主役は果たしてこの湧き水だったのだろうか。

「大池を中心としたこのあたり一帯の自然すべてが武蔵野夫人の主人公なのではないか」
わたしは、そんな思いを抱いた。

日立が自然保護に努めてくれて、その上でこうして「少しだけ」庭園開放日を設けてくれるのなら、３５年前に野暮に見えたあの外壁もそんなに気にしなくていいような気がした。
なんといっても自然を破壊するのは人間なのだから・・・。

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もう１ヵ所・・・
さて、わたしにはもうひとつ、どうしても見ておかねばならないポイントがあった。
時刻は午後１時半。
少々空腹と渇きを覚えたが、売店などの前を素通りする。

返仁橋と正門前で補足の写真を撮った後、外に出て正門からまっすぐ南へ向かい線路に沿った道へ進む。

３５年前とはすっかり変わっていた。と思う。
少なくともこんな椅子やハケのことを記した観光案内カンバンなどはなかった。

わたしの記憶では、この研究所の南端にあたる場所に、別の門があったのではないかと思うのだが、
線路と外壁に沿って武蔵小金井方面へかなりたどってみたが、壁は容赦なく続いているばかりだった。
記憶ちがいなのだろうか。
わたしが守衛に門前払いを食らった門は、やはりあの正門だったのだろうか。
あの時代に裏側にも門があったかどうか、この確認もまたこの次の宿題だ。

（宿題の回答5）

少し前に正門を出るとき係りの人に、この庭園解放はいつころから始めたのか聞いてみた。
若い担当者はわからなかったようで年輩の人に聞きなおしてようやく６〜７年前と知った。
３５年も前に見学を申し入れたけど断られた旨、笑って話すと、若い担当者は、「それは申し訳ありません」と謝った。
わたしは恐縮して、きょうの庭園解放日に訪ねることができたことに感謝しお礼を言った。
願わくば、年に２回というのをもう少し増やしてもらいたいと思ったが、この程度でいいのかも知れない・・・。

このあと、食事をとるため駅方面に向かうのだが、
実は、まだ一度も訪れていない飲食店で行ってみようと決めていたところがあった。
しかし、ちょっとしたトラブルで、その店にたどりつけず、食事なしでわたしはその日の第２の訪問先に向かったのである。
ちょっとしたトラブルについては、後日、別の項目（04/11/24追記）で記すかも知れない。
また次の訪問先（平林寺）については、いつかコンテンツをつくりたいと思っているのだが・・・。

次なる訪問地に向かうため国分寺駅に戻ったとき、時刻はすでに午後２時を過ぎていた。

最後に、国分寺駅についての感想。

昔もそうだったが国分寺駅周辺はなにか街並みが雑然としている。
申し訳ないが、名所が多い割には、駅近辺は美的センスが感じられない。

工事中なのか再開発中なのかはわからないが、タクシー乗り場脇のきたない塀や北口駅階段脇の半端な空間、また駅から商店街方面を眺めても、やたら商業カンバンの乱立と不揃いな建物の立地。

南口は見ていないが、この北口はどうもいただけない。
まあ、土地権利者の勝手だからどうにもならないのだろうが・・・。せっかく近隣に素晴らしい自然があるのに、人工造形物がこれほどお粗末では・・・。

まあ、さらに武蔵野の自然を美しく見えさせるということでは一役買っているのかも知れない。

(04/11/20) (04/11/14撮影)