つれづれ道草

すべてはどこかで繋がっている...

第15段 AB型の不思議(後)

これはまさに興味深い話だったのだが、プライバシーに関することなので、推論だけで書いてはいけないといままで思っていたのである。

仮にU氏という男性がわたしの知り合いにいたとする。
ユニークな発想の持ち主でありいまは現役を退かれたが趣味の絵画を楽しみ悠々自適に暮らしておられる方なのである。わたしよりひとまわり先輩であろうか。

血液型が話題になっていた15年ほど前のころ、前段でのべたわたしの姉弟の話などをしていたときU氏のご家族のそれについても話題にのぼったことがあった。
U氏はAB型である。これは皆、なんとなくそうかもと思っていた。
奥さんはO型ということである。夫婦仲もよろしいようで愛妻弁当など持ってこられていたような気がする。まあごく普通のご夫妻である。
ABとOは仕事の相性がいいんですって、などという話もしていたはずである。
自慢のご子息がいてちょうどその頃、有名企業への就職が決まったということだった。もうひとり娘さんがいて4人家族であり、まあなんの問題もない幸せな家族という雰囲気があった。

さてここからが奇妙な話になる。
息子さん娘さんどちらがどちらであったかは覚えていないのだが・・・。
仮に息子さんの血液型は?の問いをしたとしよう。
その答えがなんとAB型というのである。

当時、その会話をしたときにはわたしのほかにもう1人はいただろうか。わたし以外はあまり血液型の遺伝の法則をそれほどくわしくは知らない様子だった。
わたしだけがえっ?と思って
「ほんとですか?それはおかしいですね。奥さんO型なんでしょう?」
「そうだけど・・・」

わたしは性格をよく知っているU氏のABではなく、面識のない奥さんのOか子息のABいずれかに検査間違いがあると即断した。
O型の親からはABは生まれないのでこれはU氏より母子の2人の問題である。いずれかがまちがっているとしか思えない。その場合、母子2人とも同時に誤謬である確率は少ないと考えていいだろう。そんなに頻繁に検査間違いがあるとも思えないからである。

わたしはもう1人の娘さんの血液型がわかれば、まちがいが奥さんのOにあるのか息子さんのABにあるのかもう少し推理できるのではないかと思った。
すなわち、U氏のABを仮に確定とすると娘さんは・・・

1はありえないから除外するとして、もし2だと「奥さんのが明らかにまちがっているからもう一度調べてもらったほうがいいですよ」と答えてあげようと思った。
確率としては医学の進歩から判断すると、子供たちの血液型の信憑性のほうが高く、昔調べた奥さんの血液型が疑わしいと思った。
2のケースを期待して、質問してみた。
「娘さんは?」
その答えはまさに驚くべきものだった。

「娘はOだよ」

!!!!!

しばし、わたしは絶句した。これはどうしたというのだ。

U氏はことの重大性を認識しているのかどうかニコニコ笑って答えた。
夫婦と同じ血液型の子供が1人ずついるということにすっかり満足しているような様子なのだ。またそれほど実際は円満な家族の様子なのである。

わたしは驚きを抑えながら、
「Uさん、それ・・・絶対におかしいよ・・・」
わたしが顔色を変えて真顔でそう言ったせいか、U氏もちょっと怪訝そうな顔をした。
もう1人いた同僚が、何かまずい雰囲気を察知して話題を変えた。
この話はその日で終わりとなり、その後、血液型の話はまだまだみんなの話題として残ったが、U氏の家族のそれには一切触れることはなかった。

少なくとも2つの誤謬

他人事ながらわたしは悩んだ。
ここからわたしの推理が始まる。

この家族4人の血液型は少なくとも2人が間違っている!
そんなことがあるのだろうか?

仮に・・・。この4人すべての血液型判定が正しかったと仮定しよう。そうするとどんなことが言えるか。

最低限、これだけは確実だ。

「連れ子同士の再婚だったのか?」
「あるいはどちらも養子・養女なのか?」

それは普段のU氏の言動からしてどちらも考えられない想定だった。
それなら・・・と思っても、U氏家族のこのケースでは検査間違い1つだけでは片付けられない。必ずもうひとつの誤謬なり、いきさつが付加されないと説明できないのだ。

しかしながら、それまでのU氏の家庭環境の円満さを聞いていたわたし(おそらくほかの人も)には、不倫の子であるとか実子ではないとかいったケースはまず考えられなかった。
またU氏の性格からいって、実子ではないと知った上で2人にあんなにも愛情深い表現ができるとも思えなかった。
仮に出生時にまちがって赤ん坊を取り替えられたといってもそれだけでも実に数奇な話なのに、その1ケースだけではU氏家族全体の血液型の説明ができない。さらにもうひとつ検査の間違いなりが加わらないと説明できない。そんな偶然性なんてあるのだろうか。

いままでのU氏の家族環境から推定して、上記のような「誤謬的」なものはこのU氏一家にはありえない。
そう考えざるを得なかった。
もし1つだけならだれかの血液型検査の間違いが原因と思っただろう。しかし、2件も同時にこんな「珍事」が起こるわけがない。

それなら・・・。
この血液型はすべて「正しい」、しかも同時に4人は正真正銘の実の親子である、とするしかないではないか!

ある美しい仮説

そのときわたしの脳裏にひとつのアイデアが閃いた。
思わずコピー用紙を取り出して書いてみた。

U=ABOという血液型。

O型の娘さんがいるということは彼女はOO型であるということである。
母からO因子。
父からもO因子を受け継ぐ。
ということは、父親であるU氏はAB因子だけではなくO因子ももったAB型ではないか、と推理したのである。
O因子をもっていても劣性だから検査には出てこずAB型として現れるのではないか。
U氏はAB-O型という特殊な血液型、言わばAB型の突然変異なのではないだろうか?

そのときさらに数式が閃いた。
ABをかりにXに置き換えてみる。
するとU氏はXO型の血液型となる。
これと奥さんのO型との組み合わせを考えてみよう。
これは簡単だ。

XO組み合わせ

XOとOO型の2タイプのみしか現れない。
これは何か。
XOとはU氏と同じAB-O型・・・つまりAB型と判定されている息子さん。
OO型とはつまり極一般のふつうのO型の娘さん。


これですべて説明がつく。
つまりAB-O型の特殊なAB型であるU氏とO型の奥さんからは今後第3子以下が誕生するとしてもすべてABかOしか生まれないという、まさに奇妙なことになるとも言えるわけである。

でもU氏一家にはこれですべてつじつまがあう。

この推理の根底に、輸血のときにO型はすべての血液型に適合するというがそのことはすべての血液型にO因子が含まれているからではないか、という論理もあった。AにAO、BにBOがあるならABにもABOがあっても不思議ではないのではないか。
すべての因子にOが存在しているというのはさすがに飛躍した論理なので自信のほどはいまひとつであったが、AB-Oの新血液型の存在には妙に確信があった。
学会に発表できたらしてみてもいいなどとなかば本気に思った。
それほどこれは数学的にすべてを解決してくれる美しい発見だった。
こんなに美しく数式が解けるのはそれが真実だからにちがいない、と思って少し興奮した。

しかし当時はわたしは一介のサラリーマン・コピーライターにすぎなく科学者でも遺伝学者でもない。
単なる思い付きをどうこうするすべはなにもなかった。
この話は酒を飲んだときにごく親しい友人何人かに話したことがあったが、まあまともに聞いてはもらえなかった。
その当時、わたしには知るよしもなかったのだが、そのときすでに、後述するある特殊なAB型の存在が確認されていたのかどうか・・・。

cisAB型の存在

そうして今日までいたった。
つい先日のドラマのあと、この話でも書いてみようかなと思ったがU氏のプライバシーに関わることだし・・・わたしの仮説などなんの価値もないことだと思って躊躇していたのだが・・・ためしにAB型というキーワードで検索すると・・・。

cisABというわたしの推理したABO型の因子の血液型の存在が書かれているではないか!

正確に言えば、cisABとはわたしのいうABO型のABの部分だけを意味する。
つまりABを半分(半分とは便宜上、正確ではありません)ずつ含んでひとつになった特殊AB因子をcisABというわけだ。
やはり。
U氏の場合はまさしく、このcisAB/O型というABO3つの因子をもった血液型だったにちがいない。

驚いたことにcisAB/OだけでなくcisAB/A、cisAB/B、さらにcisAB/cisABという血液型が存在し、それらはいずれもふつうの血液型判定検査ではAB型と判定されるというのである。

ああ、これであのときどうしても分からなかったもうひとつの疑問が氷解した。
それはわたしのいうAB-Oの血液型と、U氏の奥さんのようなO型ではない別のAO型とかBO型との組み合わせではどうなるのか、ということの検証であった。

この組み合わせではどうしてもAB-AやAB-Bなどという血液型が理論上生じてしまう。これは実際に起こりうるのか?起こりうるとしたとしても、ではそれは表現上、何型として認知されるのか?

AなのかBなのかABなのか。これがわからなかった。
AB-Oの存在すらもわたしの思いつきに過ぎないのに、U氏のような実例が発生していない理論上のAB-AもしくはAB-Bの新血液型の存在を、どうして学者でもないわたしなどが立証できるのか。

ここでわたしのそれ以上の推理は挫折していたのである。
ところがそれが実はcisAB/AやcisAB/Bと呼ばれるもので実在していたのである。(それらがみなAB型として表出されることは先に記した)

このあたりは関西医科大学の以下のサイトをご覧いただくとよく理解できるだろう。

http://www3.kmu.ac.jp/legalmed/faq.html

以下はそこからの主要な転載である。

・・・その他、特殊な血液型としてcis-AB型というのがあります。通常のABO式血液型のAB型は、A遺伝子とB遺伝子から成り、それぞれがA型物質とB型物質(血液型を決定する構造) を個別に作りますが、cis-AB型の人はcis-AB遺伝子というものを持ち、この遺伝子がひとつでA型物質とB型物質を同時に作り、常にAB型になります。cis-AB型の人が、cis-AB遺伝子とO遺伝子を持っていて、子供にO遺伝子が遺伝されれば、AB型の親からO型の子が生まれることもあり、一見矛盾が生じます。

cis-AB型の人とその配偶者の間に生まれる子供の血液型
配偶者 cis-AB型の人の遺伝子型 (表現型は常にAB)
cis-AB/A cis-AB/B cis-AB/O cis-AB/cis-AB
A AB, A AB*, B AB, A, O AB
B AB*, A AB, B AB, B, O AB
AB AB*, A AB*, B AB, A, B AB
O AB, A AB, B AB, O AB

赤字が通常のAB型の人の子としてあり得ない型です。
cis-AB型の遺伝子型は、遺伝子解析をしないとわかりません。
*印のAB型は、cis-AB遺伝子を含む場合と含まない場合があります。


わたしの発見したときよりずっと前からすでに研究・究明されていたのかも知れない。
ちょっと悔しいからその時期の確認はしていない。

これが学問的に立証されているなら・・・U氏にこの事実を知らせてあげたいと思う。

あの当時は明らかにU氏はそのことを知らなかったと思う。でも医者に聞いてそんなケースもあることはあるという説明を受けていたかも知れない。
でもそうでないとすると・・・もしかすると家庭内で小さな疑惑が生じていたのかも知れない。
U氏はあまりに幸せな現実を前にして、それを損なう危険の可能性を秘めた真実究明にひるんだのかもしれない。わたしだってもしそんな立場であったらそのままにしておく可能性は十分ある。

もし現在においてもなおU氏一家において血液型のことがタブーな話となっていたとしたらぜひとも知らせてあげたいと思う。
なぜなら息子さんか娘さんかどちらかは確実にU氏と同じcisAB/O型なのであり、このことはその息子さん自身の家族計画にも影響するからである。

息子さんたちはすでに中年の域に達し結婚などもされていよう。その相手がもしかしてU氏の奥さんと同様のO型だった場合、いやAB以外の血液型であった場合でも、通常の法則とは異なった血液型の子供たちが生まれる可能性がある。U氏の孫にあたる子供たちである。彼らがもし一般的血液型の法則に符号しない自分たちの血液型に人知れず悩んでいるとしたらぜひ事実を知らせて安心させてあげたい。

しかし現在、連絡をとることはできるとはいえわたしとU氏とはしばらく音信が途絶えている。突然、こんな話をもちだすわけにはいかない、失礼でおせっかいな話だろう。
だがこんなに医学が発達しているのだから、孫ではなくすでにU氏の息子さん世帯はもうとっくにcisABの存在を知っているだろう、あれから15年も経っているのだから。そう期待したい。

AB型の進化

余談だが、わたしはこの世のAB型の人はもしかするとすべてがcisAB+Xの血液型である可能性もあるのではないかとも思っている。
いや、もう大きな確率でいまやそうなのではないかとすら思っている。

わたしの妻もAB型なのだが、つねづね「BよりもAに近いABなのよね」と言っている。
「もしかして、cisAB/Aか?」
「ああ、それ、それよ。それにちがいないわ!」

だが、それは残念ながら遺伝子解析とかDNA鑑定といった難しい検査でもしなければ分からないだろう。
もしわたしたちの子供にO型がいたとしたら妻がcisAB/AではなくcisAB/Oであることは断定できるのだが、残念ながら娘はOではない。

妻はともかくAB型は進化した人類とも言われる。A型のわたしにとって苦手のタイプが多い。
この手に対応するには、わたしが突然変異でもして、AO型のAの部分をK型に変化させるしかない。そうすればKO型でノックアウトできるだろう。

冗談はともかく、こうした新種の血液型は、あと数年もしたらまた発見されていくのではないかとも思う。
何億年後にはABO式血液型はcisありなしのA-n/B-n/O-n型からA+n/B+n/O+n型までの膨大な組み合わせになっており、能見氏の子孫のノミなんとか氏が何兆通りの血液型性格判断のナノなんたらという・・・を発表しているかも知れない。
そんな「無限」はいったいいつまで続くのだろう?

(05/01/08)

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参考文献