遠出はできないからまず身のまわり、心のそばからというところでしょうか。
生活と体力にゆとりがあるなら・・・。
昆虫採集を60歳くらいからでも再開してもいいかな、と、最近思う。
それは、少年時代を過ごした郷里金沢では捕まえられなかった昆虫が、
現在の身近なところに何種かいることを発見したからだ。
それに子供のときより多少地理的に足も伸ばせるということもある。
アサギマダラがいるなんてびっくりした。
先日、「若柴の散歩道」を再び訪ねたとき、「ねがらの道」で見つけた。
この蝶はオオムラサキなどと同様、
少年時のわたしにとって図鑑のなかだけでしか見ることができない垂涎の的だった。
10センチの距離に近づいても逃げようとはしない。
真夏、故郷の庭を飛び回っていたせわしないアオスジアゲハとは雲泥の差だ。
おかげで採集したのと同じくらいの満足度で写真を撮ることができた。
とまっている花・植物が何かをよく見ておけばよかった。
フジバカマやヒヨドリバナが好みというが写真の葉を見るとそのどれでもなさそうだ。
これは産卵より単なる吸蜜だろうか・・・。
わたしは少年時代、単にその美しさに魅せられていただけなのだが、
このアサギマダラには、不思議な生態があり最近、研究されているらしい。
春に日本列島を北上し秋には南下を繰り返す渡り鳥ならぬ「渡りをする謎の蝶」なのだ。
この「渡り」の意味するものが未だ不明なため、いろいろな人がこの蝶をいったん捕獲し、
捕獲場所や日付などをマーキングして次にどの地区で捕らえられるか等々、
連絡をとりながら研究しているという。
そんな「アサギマダラを調べる会」があるとは驚いた。
わたしも先にそれを知っていたら撮影したときに捕まえてマーキングして
その会に報告してあげればよかったのだが・・・。
このアサギマダラの不思議な生態については、朝日新聞(asahi.com)でもとりあげている。
麗しの蝶には秘密があった、ということか。
昆虫採集といえばたくさんの思い出のなかに、際立ったものがいくつかある。
ひとつは、タマムシ。
(いつか写真が撮れるまでは「かこや」さんの「INSECT & PLANT」をご覧ください)
あれは小学校3年生の初夏だったろうか、ある日、突然、それが庭にいた。
植木にとまっていたとかいうのではない。
洗濯物を干すような場所の土の上に、ただ何気なくいたのである。何の前触れもなく。
ただ少し弱っていたのか、信じられない思いですばやく摘まみあげると、
逃げ出す力もなく前足2本を弱々しげに、かすかに動かすばかりだった。
よく玉虫色などと形容されるが、本物のタマムシを見ていないと
その比喩も少々色あせるなと子供ながらにそのとき思った。
それほど、タマムシは想像していた以上に美しかった。
まさに自然がつくったホログラフだ。
当時そのメスがウバタマムシと思っていたので
きれいなタマムシのほうを見つけられてよかったと思ったものである。
ウバタマムシは何回か見つけたことがあった。
しかし、その前まで一度も発見できなかったタマムシがなぜ突然、庭にいたのか不思議でならない。
そしてその後も、わたしは現在まで、タマムシを一度も見ていない。
もうひとつの記憶は、小遣いをためて買ったガラスの標本箱を学校に「没収」されてしまったこと。
夏休みの宿題で、当時は、当然ながら昆虫採集を宿題として提出する生徒が多かった。
しかし、そのときのわたしの提出した標本を凌駕する作品はおそらくなかっただろう。
例のタマムシももしかするとそのなかにはいっていたかも知れない。
毎日、庭で待機して、やっとつかまえたミヤマカラスアゲハもいただろう。
兼六園の知る人ぞ知るあの場所のハグロトンボも入れたにちがいない。
首のちぎれたシオカラトンボ、足が取れ羽の破れたアブラゼミを平気で提出する女生徒もいるなかで、
展翅板できれいに羽を展ばしたアカタテハ(それは確か前の年の秋に捕まえておいたものだ)や
6本の足をきれいに左右対象に伸ばし、右の羽部分のしかるべき位置にピンを刺したゴマダラカミキリなど・・・
博物館に飾ってあるのと同様な様式でラベル等もつけたわたしの標本の前では、
他の生徒のどんなものも比較の対象にすらなりえなかっただろう。
学校から儀式的に寄贈の打診があったが半ば強制的ないい様だった。
わたしはただ標本箱がもったいなくて躊躇していた。
中身はいつでも捕獲し設えることができるが標本箱は少ない小遣いで再度、買わなければならない。
もう少し知恵があればその代金くらいは学校に請求できたかも知れないが、
結局、母親の説得でしぶしぶ学校にあげてしまった。
もういまごろは中身は朽ちただろうが標本箱はどうなっただろうか。
さて、わたしの昆虫採集は所詮、郷里の近隣だけのものであり小学生時代だけで終わってしまった。
残念なことにそれまでわたしは「ファーブルの昆虫記」の存在を知らなかった。
わたしの昆虫採集はわずか数百円の小遣いで買える図鑑や採集道具だけが友であり、
もっと向上をうながす師はひとりもいなかった。
そんななかでのもうひとつのきわだった思い出は、中学生時代を飛び越えて高校生になったときのことだった。
高校は地元の進学校で英才がそろっていた。
そのなかでY君というそれほど親しくなくわたしとは少々タイプの違う同級生がいた。
彼を含め何人かで雑談していたときなにかの拍子で昆虫採集の話になった。
さすがにこの高校に通う生徒は展翅板なども知っており、
肢体の一部が欠落した昆虫を標本に出すような人間はいない。
したがって、いやしくも昆虫採集をしていたというものは、金沢の数少ない昆虫分布を熟知していた。
金沢美術工芸大学、通称美大といっていたが、
そのキャンパスには当時、直径4.5メートル位のスリバチ型をした池があった。
その池の中にはカエルしかいなかったが、まわりは雑草の生い茂る原っぱになっていた。
(余談だが数年前、母の四十九日で帰郷した際、40数年振りにそこを訪れたときは、
もう何もかも変化していてその池は埋め立てられてしまっていたし、
キャンパスは雑草も刈り取られ、美しくなっていたが、こんなに狭かったかとも思った)
しかし、広い(当時はそう感じた)にも関わらず、それは実りの少ない原っぱだった。
収獲としては擬態昆虫であるナナフシを初めて見つけた(木にへばりついていた)ことと、
これは昆虫ではないがカマキリに寄生するハリガネムシというとても珍しいムシを見つけたことを覚えている。
そしてY君との話とは・・・
原っぱにいる虫を採集するテクニックとして網をとにかく闇雲にかき回して見る、という手法があった。
これをわたしとY君は昆虫採集の本で覚えたのだろう。
2人は同時にあることをつぶやいた。
これだけで、網をかき回す手法を取っていたことを含め互いに相手の昆虫への造詣をすべて知ることができた。
あることとは・・・
「あそこはマメコガネしかいないからなあ」
顔を見合わせて笑ったものである。
「マメコガネ」とは甲虫、コガネムシの一種で美大の野原にはそれがたくさん生息していたのである。
Y君とは小中学校はちがっていたのでそれまで面識はなかったが、
きっと小学生のときの夏休み、同じ日に同じ場所にいたに違いない。
しかしながら、そのマメコガネは小さくて魅力に乏しい昆虫ではあった。
優秀なY君は東京大学文科U類に現役で合格した。わたしとは高校卒業以来、それっきりである。
昆虫採集というとちょっとヘンな想像をする人もいる。
標本という言葉にもなにか隠微な響きもする。
美女を標本にしコレクトする変態教授の映画などもあったような気がする。
たしかにカブトムシなど注射器で殺傷し、トノサマバッタなど腐敗を防ぐための処理などをすることもあったが、
やはり基本は美しいもののコレクターということだろう。
切手集め(投資のためではないもの)や現代でのポケモン集めとそう変わらない。
対象が生き物であるというところがちょっと生々しいわけだ。
わたしの場合、美しいものという限定があるため、蛾にはまったく興味がなかった。
一般の蛾を美しいと思うかそうでないかは現在ではそうとう個人差があるようだが、
当時はまだ蛾と蝶とは明確に(本当はあいまいだったのだが)差別化されていたし、
昆虫といってもゴキブリを採集・標本化する者がいないのと同様であった。
そんな蛾のなかでも少し興味のある種類もあった。
大きさゆえにヤママユガやクスサンなどはちょっと見てみたいということや、
ドクガとはどのていどの毒なのかということ・・・。
美しい蛾も少しはいることを知っていた。
しかし、どうもそれがどんな名前だったか思い出せない。
スズメガの一種だっただろうか?羽の透き通った蛾だったような・・。
などと思っていたのだが、10月の初めにススキの写真などをとっていたとき偶然、
もしかしてこれかも、という蛾に出会った。
それが以下の写真である。
調べてみると、ホシホウジャクというやはりスズメガの一種だった。
しかしこの名前には残念ながら記憶がない。
ホバリング(空中に浮遊しながら静止する)しながら花の蜜を吸う、そのときの姿は絵になる。
まるでハチドリのようだ。
しかしひとたびとまってしまうと途端にいわゆるただの「くすんだ蛾」になってしまう、妙な昆虫である。
わたしのかすかに記憶している「美しい蛾」とはいったい何だったのか。
もしかすると翅の透き通ったオオスカシバという蛾だっただろうか?まだ思い出せないでいる。
→ なんと、一眼レフを買って最初の散歩でオオスカシバを見つけた(06/09/09)。以下。(07/05/03追記)
生き物だから、昆虫採集はちょっと生々しい。
わたしも、この年になると虫をあまり殺したくない。
それでふと思った。
いまはとてもいい時代だ。デジカメという文明の利器がある。
展翅板も、展翅テープも、大きな網も、虫ピンも、三角紙も、注射器も、そしてガラスの標本箱も要らない。
デジカメとパソコンとWEBがあればそれでいいではないか!
かくして、60を待たずして、わたしのマイペース昆虫採集が復活する(かも知れない)。
できれば、オオムラサキを捕りたい、いや撮りたいものだ。
※上記の昆虫等の写真の多くは、shin氏の「虫撮り散策記」ほかからリンクさせていただきました。
(07/05/03追記) (04/10/23) (04/10/02・04/10/17撮影)