じぶん探訪

遠出はできないからまず身のまわり、心のそばからというところでしょうか。

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その5.宇宙の塵、渦中の地理

形あるものはいつかは朽ちて宇宙の塵となる。
朽ち果てるがその過程において
人にカタルシスのような哀惜の火花を放つ。
それは時として生きていることの痛切な証となって人の眼前に迫るときがある。

このじぶん探訪というテーマで書き連ねているものも
本来、過去に遡ることが必然なため
そうした証を書き連ねることにはなるのだが
それはまったく個人的なことであり他人との接点を見出すものは必然的に少なくなろう。
ともすれば自己満足的手記に陥らざるを得ない。

もともとそういう企画趣旨なのだからそれはそれでいいのだが・・・。
WEBで公開する以上は他人を意識するわけだから
多少なりともこのあまりにも希薄な未来性もしくは公共性の欠如を解消できないかなどと
欲張りなことを考えてみる。

いっぽう、わたしはいま郷土を遠く離れた地で
さほど感傷もない地域の紹介などをしている。
その「渦中の地理」はこのテーマとはちがうものなのだが、
これに至っては逆に自分との距離感がありすぎて
公共性より自分性というものの希薄感が気にかかる。
こんなにも思い入れの少ない地域紹介でいいのだろうか?


しかし先日、ある小さな空間的発見をしたとき
なにかそれまでの思いとは別の逆転の発想を思いついた。

幼稚園

というのは・・・。

自分だけの感傷ならそんな考え方に
気づかなかったかも知れない。

それが娘との共有体験であった、
というより正確に言えば、
娘の過去に密着した事象であったから、
そのことを娘の立場から考えてみることができた。

八幡台児童公園

物悲しさと懐かしさには相通ずるところがあるが
わたしにはそれほどの感情を抱かせない場所でも
娘にとってはちがうのではないか?

また娘自身も現在はそれほど思わなくても
彼女がわたしほどの年になれば、
いまわたしが撮っている風景を懐かしく思うかも知れない。

20年前という時間は
50を過ぎたわたしにはそれほどの昔ではない。
したがって懐かしむほどではない。
しかしわたしがこの世を去るようなころ、そのときのそれは
娘にとって哀惜の風景となっているだろう。

ブランコとシーソー

その意味ではなんとなく無表情に紹介している
近隣の風景を残すことは
娘の感傷づくりに貢献していることになるのかも知れない。

たとえば、ここ何年後かのあいだに
昔娘が通った幼稚園や小学校、小さな公園などが
建替えやなんらかの理由で
新しい建物もしくは消失も含めて
変化してしまうこともあるだろう。
そうした場合や
20年前とほとんど変わらない現在の光景ですら
遠い未来の彼女にはなにかしら感慨を与えるだろう。

?

実はこんなことには世の親たちの多くは
もうとっくに気がついていて
愛するわが子の想い出写真で
豊富なアルバムをつくっているのだろうが・・・。

わたしは娘がそこに写っていない現在の自然の風景を
娘の未来のために残しておいてやろうと思う。
それは彼女の幼馴染の仲間たちにも役に立つかも知れない。
そう考えれば
さほどわたしにとって馴染みのない現在の住まい近辺を
WEBに残すことはそれほど空疎なことではなく
思っている以上に意味があるのかも知れない。


砂場

そういえばあのときこんなことがあった。
娘が4、5歳のときだったろうか。

すぐ近所でいつもなかよく遊んでいた
Yちゃんという女の子がいた。
娘とは字はちがうが同じ響きの名で、
お互いに相手のことを苗字もつけて、たとえば
「すずき百合ちゃん」
「なあに、たかはし由里ちゃん」
などという風に呼びあっていたのが
わたしにはなにか滑稽であり微笑ましくもあった。

滑り台

その一家が家の買い替えのため
引越ししていなくなってしまうという「事件」がおきた。
したがって家はとりこわされ
新しい家族がそこに越してくることになるのだが・・・

それを聞いた娘は・・・がなくなっちゃう・・・と
大泣きしてやまなかった。

妻がしきりにYちゃんはいなくなるのではない、
また会えるのよと慰めたが
娘が想像もつかない発言をした。

石段

Yちゃんとはいつか会えるかも知れない。
でも彼女と一緒に遊んだ空間がなくなってしまう!

そのようなことを、娘は人間的・時間的なことではなく
空間的な意味で
「・・・想い出の場所がなくなってしまう」
と言って泣いたのだ。

「Yちゃんとはまた会えても思い出は消えてしまう」
とも言った。

鳥居

これには妻もわたしも絶句した。
どうにもならないものを感じて
思わず胸に熱いものがこみ上げてきた。

一家の引越し後、あの家の解体作業が始まったとき
娘の悲しみはクライマックスに達した。
そのもっと前には、娘の心も察せずに
「きれいな家が建つのよ」などとわたしたちは言っていたのだ。

単なる別離ではない、決して取り戻せない喪失の悲しみ。
まだ小学校にも通わない幼い娘にこんな感覚があるのだろうか?

娘は幼友達との別離より、むしろ友と楽しく過ごした空間の喪失感に
それまで経験したことのない悲しみを抱いたのだ。

そんな娘なのだからなおのこと、彼女の通り過ぎた自然の風景を静かに残しておいてやろうと思う。
このWEBというカンバスに。

かくして・・・。
わたしの「渦中の地理」は、いま「宇宙の塵」の空疎から幾分脱却したかも知れない。

(05/01/22) (04/09/24撮影)