
押付新田不動院は、昭和58年(1983)、集会所失火の際に類焼となり、同61年(1986)に再建されました。
不動院の境内は石柱の門構えの脇にズラリと並んだ庚申塔によって囲まれています。
そのなかに本堂、そしてそのそばに集会所が建てられ、右奥は墓地となっています。
境内を囲んだたくさんの庚申塔。石碑や地蔵も見えます。右は集会所です。

不動堂

さて、不動堂というからには不動尊つまり不動明王を祀ってあるのだと思いますが、そもそも不動明王とは何でしょう?
不動明王は真言宗の教主「大日如来」の使者といわれ、、悪魔を降伏する役割があるせいか恐ろしい姿をしています。
仏道に従わないものを無理矢理にでも導き救済するという役目を持っているのです。
しかし、左の本堂の写真を見ると注連縄があります。
(画像クリックして拡大できます)
注連縄って本来、神社関連のものではないのでしょうか?
不動尊は真言宗、仏教ですよねえ。
ここのところがよく分かりませんね。これも神仏習合の名残でしょうか。
再建時に奉納された額。右は鰐口ですね。

不動堂新築記念碑
碑文には本尊も類焼になったと記されています。
ところで、不動院、不動尊、不動堂と3種類の言い方があります。どう使い分けたらいいのでしょうか。
タヌポンの勝手な解釈では・・・。
と定義してみましたがどうでしょうか。
新築したのは「不動尊」でも「不動院」でもなく「不動堂」になるわけですよね。
いちばん右の写真は不動堂のなかを撮ったもの。ちょっと不鮮明ですが不動明王が安置されているような雰囲気です。


手水の手前に、ここにも天神宮を見つけました。
利根町では・・・
早尾天神社、押戸の天満宮、徳満寺の天神社、あと円明寺にもありましたね。まだあるかも知れません。
天神社、天神宮、天満宮、これらのちがいは宿題ですが、まだ調査中です。
いくつか石祠、石塔、燈籠も


不動院の境内に入って右手、集会所の前にある大師堂。
ここは番号札が2つ付いています。こういうところがほかにもありました(羽中の稲荷大明神=未掲載)。
また、同じ敷地に隣接して堂が分かれて2つあるのは布川(旧押付本田)の水神宮などがあります。

(05/09/07)(撮影05/03/12・05/07/16)