タヌポンの利根ぽんぽ行 押付新田不動院

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押付新田不動院


実は最初、押付新田の水神宮を探しにきたときに偶然、ここを通りかかりました。
そこでお会いした地元の奥さんにお聞きして初めて、水神宮の場所を教えてもらいました。

そのときはこの不動院自体はあまり意識になかったのです。
水神宮より多くの見所があったというのに。

つまりは、かなり前にここはコンテンツ素材自体を撮っていたわけなのです。
それが半年後のいまやっとここで掲載ということになりました。
ちょっと申し訳ない気もしています。

タイトル画像は2画像のjavascript処理をしていますが、ie以外では固定1画像のみの表示となりますので、以下、2画像のミニ画像を再掲します。(クリック拡大できます)

不動尊額 不動院外観

利根町西部マップ



押付新田集会所と不動院

押付新田不動院

押付新田不動院は、昭和58年(1983)、集会所失火の際に類焼となり、同61年(1986)に再建されました。

不動院の境内は石柱の門構えの脇にズラリと並んだ庚申塔によって囲まれています。
そのなかに本堂、そしてそのそばに集会所が建てられ、右奥は墓地となっています。



境内を囲んだたくさんの庚申塔。石碑や地蔵も見えます。右は集会所です。

庚申塔群 集会所

不動堂

本堂

さて、不動堂というからには不動尊つまり不動明王を祀ってあるのだと思いますが、そもそも不動明王とは何でしょう?

不動明王は真言宗の教主「大日如来」の使者といわれ、、悪魔を降伏する役割があるせいか恐ろしい姿をしています。
仏道に従わないものを無理矢理にでも導き救済するという役目を持っているのです。

しかし、左の本堂の写真を見ると注連縄があります。
(画像クリックして拡大できます)
注連縄って本来、神社関連のものではないのでしょうか?
不動尊は真言宗、仏教ですよねえ。
ここのところがよく分かりませんね。これも神仏習合の名残でしょうか。



再建時に奉納された額。右は鰐口ですね。

額 鰐口

不動堂新築記念碑

碑文には本尊も類焼になったと記されています。
ところで、不動院、不動尊、不動堂と3種類の言い方があります。どう使い分けたらいいのでしょうか。
タヌポンの勝手な解釈では・・・。

と定義してみましたがどうでしょうか。
新築したのは「不動尊」でも「不動院」でもなく「不動堂」になるわけですよね。
いちばん右の写真は不動堂のなかを撮ったもの。ちょっと不鮮明ですが不動明王が安置されているような雰囲気です。

新築記念碑 新築記念碑裏面 不動堂内

天神宮の石祠

天満宮の石祠

手水の手前に、ここにも天神宮を見つけました。

利根町では・・・
早尾天神社押戸の天満宮徳満寺の天神社、あと円明寺にもありましたね。まだあるかも知れません。

天神社、天神宮、天満宮、これらのちがいは宿題ですが、まだ調査中です。



いくつか石祠、石塔、燈籠も

石塔・石祠類 燈籠


四郡大師15番、36番

大師

不動院の境内に入って右手、集会所の前にある大師堂。
ここは番号札が2つ付いています。こういうところがほかにもありました(羽中の稲荷大明神=未掲載)。
また、同じ敷地に隣接して堂が分かれて2つあるのは布川(旧押付本田)の水神宮などがあります。


大師15番 大師36番

(05/09/07)(撮影05/03/12・05/07/16)